ツキ呑み⑥「 シェフと滑舌と不器用だからの巻」

 

呑みたい気分でツキイチエッセイ

「 シェフと滑舌と不器用だからの巻」

 

   朝食後、次に洗い物が出た時でいいかと思いながら、でも、少しだけ片づけておこうと考えて、手にしたお皿数枚をちょこちょこと洗いはじめたのですが、その時袖まくりをしていませんでした。親指の付け根に届く長さの袖を濡らさないよう、指先を駆使してちまちまと洗っていると、そういえばこんな時毎回思い浮かべることをまた考えていました。テレビなどで見る料理人が、その白い服の袖をおろしたままだということを。

 

 濡れないのかな、汚れないのかな、そうした心配をする必要がないほど器用だからこそ料理人なのかな。と思いを巡らせ、あげく、そもそも材料を洗うなどの下ごしらえは別の人がしているのだと思い当たったはいいけれど、やはりどうにもしっくりこない。それはワタシが不器用だから。

 

 けれど器用な料理人だって時には袖を汚したり濡らしたりするのではないだろうか、そしてそんな時、下ごしらえ専門の人同様に、シェフの袖口汚れ対策専門の人も待機しているのではないだろうか、などと勘ぐってしまい、その、袖口(に限らず、でしょうけど)汚れ対策人に任ぜられた人の仕事ぶりを慮ると、袖まくりをしてくれさえしたら確実に楽になる部分が少なくないのではないだろうか、などと、余計千万なことまで想像してしまいました。

 

 同様なソワソワ感を醸し出す職人といえば、画家。壁に沿うように立てかけられた壁そのもの位の大きなキャンバスに筆を振るう腕の袖口のボタンがしっかり留められているのを見ると、絵よりも作業よりも何よりも、袖を汚さない器用な人なんだなと考えるだけで、不器用なワタシはしんみりとしてしまう。

 

 話は少しそれますが、テレビドラマを見ていて職人だな、器用だなぁと感じ入るのが、女優・天海祐希。今期も主演のドラマが放送中なので見逃さないよう録画しながら毎回見ています。今回はそれこそ料理人=シェフの役で、闊達な動きも含め豊かな感情表現の素晴らしさに釘付けだけれど、以前、本心を隠して生きる図書館司書の役だった時は、控え目な動作の中、セリフ回しだけで感情を伝えきる彼女の表現力につくづく舌を巻く思いでした。

 

 滑舌が抜群にいいから、静かに話してもボソボソせずはっきりと聞き取れる。強く発声すれば迫力満点。何よりその表現力の肝は、「間」なのではないかと思います。センテンスどころか、言葉ひとつひとつが、彼女の放つ絶妙の「間」で生き生きと意味を持って輝く。

 

 この時のドラマでは、司書として絵本の読み聞かせも見せてくれた天海祐希。絵本の世界を表出させたあたたかみのある読みはもちろん素晴らしかったし、本を全く見ずに(絵も文も暗記している体で)読み聞かせるプロフェッショナルぶりもすごく参考になりました。読み聞かせも、覚えてから語れた方がやはりいいですねえ。

 

 はい、ここはしんみりしている場合ではありません。あれほどの語りはもはや神、という気もするけれど、そこに感動があるなら少しでも近づきたい。

 不器用なりに頑張ります。

 

   

                2016/10/31 (11/1編集)