ツキ呑み⑲「夏に覚えるせつなさつらさ」

呑みたい気分でツキイチエッセイ

「夏に覚えるせつなさつらさ」

 

本日ブログ三本目。ですが実は本日のできごとについてはまだ書いていないという。このあと四本目となりそうです。なんとかたどりつきたい。たどりつこう。

 

 

 この記事は完全に予定外。前回の「遊行の盆」のところに昔の思い出を長々と書いてしまったので分けました。思い出全開、想いだけの内容なので、久々「ツキ呑み」くくりといたします。

 

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 子どもの頃はお祭りなど一連の年間行事がとても多く、半強制的というか有無を言わせずというか、欠席が許されないプレッシャーの中、いやも応もなくすべての行事に参加していました(よほどイヤだったのですね子ども時代のわたしよ、と今書いていてしみじみ思い至り中)。

 

 夏の行事といえば、七夕と夏祭りと盆踊り。昔から過酷極まる猛暑の地域にあってエアコンもない時代、毎度毎度いちいちきっちり浴衣に着替えさせられ、時間通りに送り出されたものでした(よほどイヤ……以下同文)。

 

 盆踊りにも毎年毎年行きました。家のすぐ裏手にある公園で、夏休みの終わり近く、8月25日頃から3日間ほど行われていたように思います。

 

 晩御飯を食べ終え、浴衣に着替え(させられ)、うちわを持つかあるいは兵児帯にはさんで、家の裏口から出て真っ暗な道を公園へ向かって真っすぐに進む。

 

 露店も確か出てはいたけどおざなりな感じで、あまり利用することもなく、ひたすら踊り続けました。

 

 家を出るまでは気乗りしなくても、盆踊りそのものは好きでした。知らない振付けでも、そもそもみなさんご存知のように盆踊りは同じ動作の繰り返しなので、今と違って記憶力がそれほど悪くはなかった子ども時代のこととて、すぐに覚えることができました。

 

 炭坑節。郡上踊り。〇〇(地元の名)音頭。このどれかならがっつり全力で踊れました。踊りながら櫓の周りを周回する。暑いのに。蚊に食われるのに。近所の人からいちいち声をかけられるのがうざったいのに。家でテレビを見ていた方が絶対楽しいのに。でも、踊るのは好きでした。

 

 当時はそれをどう表現すべきかわかりませんでしたが、踊っているうちにハイになるという感覚を、あのときのわたしは確かに味わっていました。そういえば、テレビを見ているときも主題歌に合わせて勝手な振付をしながら全力で踊って家族を困らせました。踊ることは、本当に好きでした。

 

 大人年齢になってからも盆踊りに行く機会はたまにありましたが、それも地元にいた時だけ。遠く離れた地で暮らすようになってからは、風に乗っておはやしが聞こえてくるたび、浮き立つ気持ちになることもあったけれど、参加する気には決してなれませんでした。

 

 お祭りや盆踊りはやはり生まれ育った地元のものしか受け付けないものだなと、生まれ育った地元を嫌いながら過ごした長い期間にも、そんなことを感じて切なくなっていました。

 

 ここ数年、やっとのことで、自分の生い立ちやら生まれた土地やらのもろもろを受け入れる気持ちになってきたのと同時に、たぶんどうやら、現在住まう地域の伝統も素直に受け入れ、楽しむ気持ちになれたのだろうと感じます。遊行寺万歳。

 

 長かった。でもまあ、生きているうちにほどけて良かったです。

 

 

8月に突入する前に書いておきたいという焦りがなぜかすごくある 2019/7/31