本談義『雲を紡ぐ』

 (ミニ)ビブリオバトルに倣いテーマを定め「しゃべれば3分」の質量でご紹介する「本談義」

  本日のテーマは、" 遊びをせんとや生まれけむ "です。

 

 

『雲を紡ぐ』

伊吹有喜 / 著

文藝春秋

 

 都内に住む美緒は高校に通えなくなり、自室に閉じこもる日々を送っていたが、あるとき、教師である母親とのいさかいから突発的に新幹線に飛び乗って、父方の祖父の住む岩手へと向かう。たどり着いたのは、美緒の心のよりどころとなっている"赤いショール"を織り上げ贈ってくれた祖父の仕事場だった。

 

 しっかりものの母方の祖母と、生真面目に生きる両親にとって、引きこもったあげく家を飛び出し不登校を続ける美緒は、異端の存在となっていきます。一方、美緒は、盛岡の自然に囲まれ羊毛紡ぎの魅力に惹きこまれて、徐々に自分らしさを取り戻す力を得ていきます。自身の生まれ故郷で少しずつ変化していく娘を感じた父親もまた、不仲だった父・紘治郎との対話を重ねることで、壊滅的に見えたそれぞれの親子関係が少しずつ修復されていきます。

 

『大丈夫、まだ大丈夫』。そう思いながら生きるのは苦行だ。人は苦しむために生まれてくるんじゃない。遊びをせんとや生まれけむ……楽しむために生まれてくるはずだ。

 

 美緒を見守る祖父の言葉はじんわりと温かく、岩手の自然そのままに、疲弊した心を癒します。

 一方、不登校状態の娘を持て余し、責める口調や態度を止められなかった美緒の母・真紀もまた、自分と同じ教職にあった母への依存と反発を心に抱える"娘"でもあります。孫の不登校を案じ、娘一家の在り方を問う祖母。愛情から解決を急ぐ彼女は、さまざまに関わり合いを強めてきます。

 

「強くなろう。ね ? 強くなろうよ。世間に出たら、世の中にはもっとつらいことがいっぱいあるよ。今、ここでひきこもってしまったら、これから先、ずっと出られなくなってしまう」

 わかってる、と祖母が何度もうなずく。

 

 母方の祖母は美緒に向かって、正論をシャワーのように降り注ぎます。それこそ"わかっている"し、自分自身を責めている当人に訪れる、ありがちな試練。この場面は、引きこもりの現場を見続けてきたわたしにとってもなかなか痛いものでした。

 

 父と息子、母と娘、そして夫婦。近すぎる距離感を放置したあげく絡まり続け、あげくぷつりと切れる家族のはかなさを知り、構築する努力を続けることの大切さを考えさせられる作品。羊毛を紡ぐ地道で尊い作業と家族の在り方がリンクし、後半では、辛い場面にもどこか凛とした空気が感じられます。

 

 冒頭、凍える寂寥感に身が縮まる閉塞感から、ラストの背筋を伸ばして晴天の高い空を仰ぎ見る爽快な解放感へと、岩手のすがすがしい空気がいざなってくれる物語。

 

 家族に限らず、人付き合い全般が難しく、ややもするとすぐに「苦行」の域に達してしまう昨今。人は楽しむために生まれてきたということ。楽しみとは、独りよがりではなく、人を思いやるいい関係によって生まれるのだということ。「遊びをせんとや生まれけむ」というワードと共に、「大丈夫」が口癖になっている系の中高生のみなさんに、特におすすめしたい作品です。

 

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 さて、こちらの本は先に参加させていただいた「KOTOSE音読書会」の課題本として知った一冊です。オンラインのおかげで、遠く盛岡での開催でしたが、参加することができました。参加者全員で一文ずつ回し読みするスタイルは、瞬発力や集中力を使うことができ、また、遠い昔の国語の授業を思い出したりもして、とても楽しいものでした。

 

 ご参加のみなさんのほとんどが本の舞台と同じ盛岡にお住まいだったので、作中に登場する"おいしいお店情報"もたくさん教えていただきました♪

 

KOTOSE」さんは、一昨年の青空文庫朗読コンテスト会場予選に参加させていただいた折にお世話になった教室です。今年はコロナの影響で朗読コンテストの会場予選は中止となり残念でしたが、かつて盛岡の地に降り立ったときのことを思い出すことができた一冊でした。

 気兼ねなく遠出ができる日が来ることを信じて、いましばらくの辛抱ですね。